神の律法ーーThe Law of God by Ralph Swanson(in Japanese)
The Law of God by Ralph Swanson(in Japanese)
神の律法
キリスト者のための手引き
ラルフ・スワンソン
我が神よ、我は御心に従うことを楽しむ.汝の法は我が心の内にありと。
詩編40篇8節
著者のはしがき
「律法の性質、目的、範囲について無知である人は、福音の栄光、性質、範囲についても無知な人である。従って福音の力と権威を知りたいなら、まず律 法の権威と力を知ることに取り組むべきである.私はこの一つのこと、すなわち律法の知識の不足は、たくさんの人々が他のことについても無知である唯一の原 因だと考えている。また、律法の性質を知らない人は、罪の性質も知らない。また、罪の性質をしらないその人は、救い主の性質を知ることもない。」
上記のジョン・バニヤン著の「律法と恩寵の教理解説」(1659年)から引用してこのシリーズの第二の本を紹介する。いくつかのキリスト教の真理と 知識の重要な教理は、教会において、多数のキリスト者にほとんど理解されていないことは私の確信するところである。この手引きは神の聖なる律法の学びのた めに書かれたものである。
神の御言葉は両刃の剣である。(ヘブル4章12節) その両側の刃先はそれぞれ、律法と福音である。律法の刃で切られることのゆえに悲しむ罪人のみ が、福音の知らせ(刃)によって慰められる。(マタイ5章4節) 律法を破ったことによりもたらされた罪責と断罪・裁きという文脈をはなれてしまえば、神 の恵みによる義認という福音のメッセージは我々にとって無意味かつ無関係なものとなってしまうのである。ほとんどの教会が福音伝道において、律法そして、 律法によって我々が罪に定められているという真理を語ることをやめてしまった。そればりではない。律法が神の御旨をしめし、キリスト者の生活における規範 となっているということもほとんど知られていない。願わくはこの手引きが読者にとって霊的な価値を持つこと、そして、聖書をより勤勉に学ぶための励ましと なることを。
1977年12月
ラルフ・スワンソン
第一章
律法からの逃走の企て
20世紀の後半に、法や権威に逆らう運動が拡大し始めている。 神は究極的な権威者であり、法をお与えになる方であるので、この反逆は神の律法に対 する罪であると見ることができる。この現象はこの世においてのみならず、多くの教会においても起こっていることである。聖書のなかで、福音とともに重要な 教えである神の律法は顧みられなくなり、神の律法にたいする無知はますます広がりつつある。キリスト者はこのような深刻な問題に直面しているのである。こ の手引きの目的とするところは、第一に、この問題について学び、第二に神の律法そのものを学ぶこと、第三に神の律法をクリスチャン生活に適用すること学ぶ ことである。
歴史における人間と律法
我々の始祖(つまりアダムとエバ)は子孫に「服従」言う良い手本を示さなかった。 創造主なる神はアダムとエバを創造される時にご自身の道徳律法を 彼らの心の中に書き記された。(ローマ2章15節)これに加えて、神は、死を罰とする善悪を知る木の実を食べることを禁じた特別の律法を彼らにお与えに なった。(創世記2章17節) その後間もなく、彼らは、彼らの創造主に反逆した。この不従順によって、 通常の出生による全ての人間はアダムにあって 罪を犯し、神の御怒りと呪いのもとに罪の悲惨と肉体的死、霊的な死を受けるべきものとなった。現在、人間が直面している絶望的な状況はかくして始まったの である。 人間にとっての唯一の望みは、神が哀れみ深くこの状況に介入してくださることだけにある。
アダムからノアの洪水の前までは、罪の堕落の直後から、人間はすぐに神の律法から離れてしまった。アダムとエバの間に生まれた初めての息子カインは 自分の兄弟アベルを殺した。無法は増え広がり、神と共に歩んでいたノアと彼の家族を 神は選び、他の地球上の全人類を裁き、滅ばされた。
ノアの洪水後からの時代から成文化された律法がモーセをとおしてイスラエル人に与えられるまでの時代の状況も良くはなかった。神によって、聖書にそ の生活と信仰が記載された“最良”の人々の神の律法に対して著しい違反をした。道徳律法におけるあらゆる種類の歪曲がなされたことが創世記9章から出エジ プト記20章までに記されているのである。シナイ山においてご自身の御旨を明らかな形でお与えになった後、目に見える罪はほとんどなくなるかに思われた。 しかしそうはならなかった。多くの戒めが警告のみならず、違反した場合は死刑にいたる刑罰が伴っているにもかかわらず、イスラエルの歴史において、ほとん どの期間、神の律法に対する違反はとどまるところを知らなかった。異邦人の社会は口述ないし文字として記されたかたちでの律法が神から直接与えられたわけ ではなかったため、停滞したままであった。
しかし、社会制度(王制などの)が形をとるに従い、神は支配者たちに自分たちの領域を ご自身の道徳律法に沿って支配するように働かれた。古代のほ とんどの文明が、神の一般的な恵みとして全ての人間に与えられている良心に加えて、イスラエルの律法にある程度準じた法体系をもっていた。
主イエス・キリストがこられて、地の果てまで福音を述べ伝えるように命令されて以来、全世界の多くの国と地域において神の律法の影響と効果が見られ るようになってきた。信仰覚醒(リバイバル)の時期においては、改心していない大衆さえも外面的にではあるが、神の律法に従った。この現象は聖書の教えに 戻ることによってもたらされたプロテスタント宗教改革が推進されたヨーロッパ諸国で特に見られた。また、18世紀および19世紀の英国、米国においてもみ られた。
悪魔とその勢力および堕落した人間性によって、社会は常に神と神の律法から引き離されてきたのであるが、この神と神の律法に対する反逆は過去100 年間において特に激しくなってきている。神の道徳律法だけが攻撃されているのではない。宇宙、自然界を支配する神の法を含むすべての神の定め給うた法が攻 撃されているのである。
(続く)

